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クリスマスを日本で祝うのはなぜ?その理由や歴史について解説 外国の人はどのように見ている?

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クリスマスと言えば、キラキラ輝くイルミネーションや美味しいケーキ、家族や恋人との特別な時間を思い浮かべますよね。

でも、実は日本のクリスマスの楽しみ方は、世界でちょっと変わっているんです。
そもそもキリスト教の国ではないのに、なぜこんなにクリスマスが盛り上がるのでしょうか

日本独自のクリスマスの歴史や文化を深掘りします。
また、外国の人たちは、日本のクリスマスをどう見ているのかについても調査してみたいと思います。

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日本でクリスマスを祝うのはおかしい?

日本におけるクリスマスの祝い方について、世間ではいろいろな考え方があります。

「キリスト教徒のイベントであるクリスマスを日本人が祝うのは不自然だ」と思っている人は、日本の人口の中でキリスト教徒がわずか1%に過ぎないということからそう考えるのでしょう。

しかし、「日本が楽しい部分だけを取り入れるのは素晴らしい」と考える人もいます。日本は昔から外来の文化に対して寛容な国でした。元々神道だった国に仏教が入ってきても、うまく受け入れてきたという事実があります。
日本の文化は外来のイベントを独自の形で取り入れ楽しむ能力を持っているということに誇りを持っているんですね。

実際のところ、日本ではクリスマスが広く祝われていて、多くの人々がこの時期を楽しみにしていますよね。
日本人の間では、クリスマスが「キリスト教徒のイベント」という意味合いよりも、「1年に一度の大きなイベント」として楽しんでいる人が多いでしょう。

このように、日本のクリスマスは宗教的な背景を超えて、たくさんの人々に楽しまれるイベントとして定着しているんです。

ネットでは、「日本は圧倒的に仏教や神道の国だから、クリスマスを祝うのはおかしい」といった意見がありますが、逆に「日本は圧倒的に仏教や神道の国だから、クリスマスを祝ってもいい」という意見もあります。

おかしいと行っている人も、クリスマスはやはり楽しみ。

それが日本だということです。

日本におけるクリスマスの祝い方は、いろんな意見がある中で、独自の形を築いてきたんですね。

 

日本でクリスマスを祝うようになったのはいつから?その理由は?

日本で最初のクリスマスは戦国時代

日本での最初のクリスマスミサは、1552(天文21)年12月9日に、山口で行われました。
このことについては2つの資料が残されていて、この事実を裏付けています。

一つは、ルイス・フロイスが書いた「日本史」です。

その第1部8章には、「山口で日本での最初のクリスマスのお祝いが行われ、それを知ったキリシタンの人々は心から喜びを感じた」と書かれています。

もう一つは、ペロ・ダルカセバの手紙「耶蘇会士日本通信」です。

ここでは当日の内容について、「クリスマスの日に私たちはミサを捧げ、完璧な声ではなかったけれど、キリシタンの人々はその声を聞いて大変喜んだ。その日、キリストの物語を夜通し話し合い、二人のパードレはミサを6回捧げ、その理由を説明した」とより具体的に書き残しています。

以上、以下「サンデー山口」の記事をもとにまとめてみました。

1552年といえば、桶狭間の戦い(1560年)の8年も前であり、織田信長と徳川家康(10歳)が今川義元の脅威を前にして着々と成長していた時代です。

そんな以前に日本で初のクリスマスミサが行われていたとは以外でしたね。

江戸時代には、外国人のキリシタンが出島でお祝いしていた?

こちらの記事「明治大正昭和初期に描かれたサンタさんはこんな感じ」によると、江戸時代はキリスト教は弾圧されていたとは言え、オランダ人のキリスト教徒は出島でお祝いをしていたそうです。

ご馳走をならべて会食するのはまったくかわりませんね。食べるのは七面鳥ではなく、牛なんですね。

江戸時代になるとキリスト教は禁止され弾圧されるようになりますが、外国人のキリシタンたちは、こっそりとクリスマスを祝っていました

 長崎の出島で行われたオランダ人たちのクリスマス会の様子。椅子に腰かけ、ご馳走が並んだテーブルを囲み、ワイングラスをかたむけ、スプーンやフォークで食事をする。そしてテーブルに並ぶ牛の頭そのまんまの料理。

明治大正昭和初期に描かれたサンタさんはこんな感じ

国内初のサンタクロースの絵は「三太九郎」

これも同じく「明治大正昭和初期に描かれたサンタさんはこんな感じ」の記事からです。

1898年(明治31年)にはすでにキリスト教は解禁されていましたので、教会は子どもたちのためにサンタクロースの文化を広めるために物語を作りました。

その物語の題名が「さんたくろう」でした。そして登場するおじいさんの名前が「三太九郎」でした。

けっしてパロディなどではなく、子どもたちが理解しやすいように日本の名前をつけたんですね。

お話は次の通り

あることろに井口五郎というおじいさんがおりました。
井口五郎おじいさんは、行き倒れていたところをクリスチャンの一家に助けられ、恩返しにクリスマスの夜に「三太九郎」と名乗って、その家の子どもたちにプレゼントを贈ったとさ。

明治大正昭和初期に描かれたサンタさんはこんな感じ

いわゆるサンタクロースのイメージとはだいぶ違っていて、となかいではなくロバが、プレゼントの入ったかごを背中につんで三太九郎の横を歩いている挿絵があります。

もみの木をこわきにかかえ、ロバを引き連れてやってくる三太九郎。

子どもたちは親しむことができたでしょうか。

生活にはじめて取り入れようとしたのは、俳人正岡子規

上の三太九郎のお話にあるように、明治時代はまだ、クリスマスは教会で教えられる一つのクリスマス文化の教養としてのものでした。

しかし、今の時代に続く「信徒でなくてもクリスマス」の先鞭を切ったのは、俳人正岡子規のようです。

正岡子規は、近代俳句の基礎を作った人で、夏目漱石の友人。ベースボールに「野球」という言葉をあてたことでも知られていますね。

この正岡子規が、早くから日常に取り込んでいたようで、1892(明治25)年、彼が25歳の時の句「臘八(ろうはち)のあとにかしましくりすます」。 臘八(ろうはち)という荘厳な仏教の儀式の後、にぎやかなクリスマスが訪れる、という意味合いのようです。

この時のクリスマスは「くりすます」とひらがなで表記しましたが、4年後(1896年)の彼の句は、「八人の子どもむつましクリスマス」でした。

この句では、クリスマスを愉快なイベントとして表現しています。

また、この句は、 「クリスマス」という言葉を、カタカナでの季語として初めて採用したものになっています。

クリスマスイルミネーションのさきがけは明治屋

日本経済新聞 2017年の記事「世紀超えともる聖夜の灯 明治屋(東京・中央)」には、クリスマスイルミネーションのさきがけが明治屋だったことが書かれていました。

日本のクリスマスイルミネーションの先駆けは、高級スーパーの明治屋(東京・中央)とされる。創業者の磯野計(はかる)がイギリス留学の体験をもとに、横浜から銀座に進出した1900年(明治33年)に始めた「クリスマス飾り」だ。

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当時の具体的なデザインは不明だが、大正時代の店頭の写真が残っている。瀟洒(しょうしゃ)な建物に「MERRY XMAS」の文字。その上で、サンタクロースを描いたとみられる看板が来店客を迎える。導入した当初から年末の大売り出しとセットだった。

「世紀超えともる聖夜の灯 明治屋(東京・中央)」

これは、銀座の冬の風物詩となり、噂を聞きつけた人が遠くから見に来るようになりました。

ここから、周りの店もならってクリスマス飾りを始めるようになり、後年のイルミネーションにつながっていくんですね。

この明治屋のクリスマス飾りは、後に木下利玄りげんが歌にしています(1912年)

「明治屋のクリスマス飾り灯ともりて煌(きらび)やかなり粉雪降り出づ」

クリスマスは、戦後になってから、東京オリンピック以後の経済復興の時代になってからアメリカの文化の浸透に合わせて行うようになっていったのかと思っていました。

しかし、そうではなく、戦前から、更に前の大正時代から教会をもとに徐々に浸透してきていたんですね。

イルミネーションのさきがけとしての明治屋のクリスマス飾りは、クリスマスや教会とは関係なく、商業的な意図で始めた最初の例だったのですね。

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クリスマス 日本と海外の祝い方の違いは?

先に日本で行われている、もしくはイメージされているクリスマスのお祝いの仕方についてまとめてみました。大方、間違いないのではと思います。

日本のクリスマスの祝い方

日本のクリスマスは、他の国とは少し違って、クリスマス当日でも、多くのお店が開いていて、街中はとても賑やかで活気に満ちています。宗教的な意味合いよりも、クリスマスは楽しいイベントとして楽しまれています。

家族と過ごすよりも、恋人とのデートや友人との集まりが中心となることが多いです。
特に、クリスマスイブは大切にされており、豪華なディナーや、愛の告白、プロポーズの絶好のチャンスとされています。

子どもたちにとっては、サンタさんからのプレゼントを楽しみにする日です。
サンタさんからプレゼントをもらうのが一般的です。

家での食事は、ローストチキンやビーフシチューなどの特別な料理が用意されます。そして、デザートには、クリームで飾られた美味しいクリスマスケーキが欠かせません。

これにたいして、海外ではどのような祝われ方をしているのでしょうか。

海外のクリスマスの祝い方

多くの国では、クリスマスマーケットはクリスマス当日には閉店し、街は静かな雰囲気に包まれます。厳粛にクリスマスを祝うキリスト教徒の方々は、教会に足を運び、祈りを捧げます。

クリスマスは、家族や親戚と一緒に家でのんびりと過ごすのが一般的です。

子どもたちは、家族全員からたくさんのプレゼントをもらうことが楽しみの一つ。
大人たちもプレゼントを交換しますが、高額すぎるものは避け、心のこもったものを選ぶことが多いです。

食事に関しては、クリスマスのご馳走として、七面鳥やシャポン(雄鶏)、さまざまな魚介類がテーブルに並びます。そして、デザートには、伝統的な焼き菓子やパウンドケーキなどが用意され、家族みんなで楽しむのが一般的です。

以上、ざっとみると、日本のクリスマスは、家族や恋人、友人との絆を深める大切な時となっており、海外のクリスマスは、家族や親戚との絆を深める大切な時となっているというように言えるでしょうか。

では、具体的に、いくつかのクニのクリスマスについて見ていきたいと思います。

アメリカのクリスマスは?

アメリカでは、11月の終わりに行われるサンクスギビングデーが過ぎると、家の中も町もすぐにクリスマスの雰囲気に変わります。

アメリカはキリスト教の国とは言えませんが、25日は休日となっています。
信仰心のある人々は教会でお祈りを捧げますが、多くの人々は冬の休暇としてこの時期を楽しんでいます。

アメリカでのクリスマスは、家族と一緒に過ごすことが普通です。
24日の夕方から25日まで、大部分の店は閉まり、町は静かになります。

クリスマスの食事には、ハムや七面鳥をメインに、マッシュポテトのようなサイドメニュー、そしてデザートには伝統的な焼き菓子やパウンドケーキが人気です。

食後は、クリスマスに関連する映画を見たり、近くのクリスマスのライトアップを楽しんだりします。

ハロウィンやクリスマスの装飾に力を入れる家が多く、近所を歩いているだけでさまざまなデコレーションを楽しむことができます。

さらに、アメリカ独自のクリスマスの風習がたくさんありますので、いくつか紹介します。

クリスマスツリーは実際の木

プラスチック製のツリーも人気ですが、本物のモミの木を選ぶ家庭も少なくありません。

期間限定のツリーの店や、スーパー、ホームセンターなどで、好みの形やサイズを選ぶことができます。

購入したツリーは、近くの家では持ち帰りますが、遠くの家では車の上に固定して持ち帰ります。
これは、アメリカの冬の風物詩とも言えます。

本物のモミの木は、とても良い香りがしますが、生きている木なので、毎日の水やりが必要ですし、時間が経つと葉が落ちることがあります。
ツリーは、新年が明けた後のリサイクルの日に回収されます。

感謝祭のころから始めるクリスマスカードの作成

アメリカのクリスマスカードには、家族の写真を添付することが一般的です。
これは、日本の写真付きの年賀状と似ています。

クリスマスカードは早めに送り始め、受け取ったカードは暖炉や棚に飾り、クリスマスが終わるまで楽しむのが一般的です。

メッセージには、Merry Christmasだけでなく、Happy HolidaysやSeason’s Greetingsもよく使われます。

暖炉には、クリスマスストッキング

日本では子供用の靴下をさげますが、アメリカでは、家族全員のストッキングをさげます。

ストッキングには、安価な小物やお菓子などが入っています。

プレゼントはツリーの下に置く

映画や広告でよく見るシーンですが、アメリカではプレゼントはツリーの下に置かれます。

日本ではサンタクロースが枕元に置くことになっていますが、アメリカではツリーの下に置かれます。

子供だけでなく、家族全員のプレゼントが用意されます。大人のプレゼントは実用的なものが多いです。

アメリカの店では、日本のようなギフトラッピングは基本的に行われません。デパートなどでは、箱入りの商品にリボンをつけてくれる程度です。ラッピングは、家で行われます。

サンタクロースとの写真撮影サービス

アメリカのショッピングモールには、12月になるとサンタクロースと写真を撮るスポットが設けられます。

サンタクロースのような体格の男性が、コスチュームを着て座っています。
子供たちは、お金を払ってサンタクロースと一緒に写真を撮ることができるようになっています。

三太へのお礼の手紙とクッキー、ミルク

子供たちが寝る前に、サンタクロースへの手紙と、お礼としてクッキーとミルクを置きます。
子供たちが寝た後、親が少し食べて、サンタクロースが来たように見せかけます。
翌朝、子供たちは「サンタクロースが来た!」と喜びます。

プレゼントは、クリスマスの朝、家族みんなで開けます。

以上、アメリカを例にとって、日本との違いを説明しました。

南半球の国でのクリスマス

南半球にあるオーストラリアやニュージーランドでは、また一味違うクリスマスが繰り広げられます。

まずいちばんの違いは、12月はオーストラリアでは真夏だということです。
特に、12月の日中では、日陰でも40度くらいになるオーストラリアではまったく違います。

サンタクロースは、とても赤いオーバーを来てなどいられません。彼は、水着を着て、サングラスを付けています。そして、海からたくさんのおもちゃを入れた袋をかつぎ、サーフィンでやってくるのです。

公園では、パーティーのかわりにバーベキューが行われていることもあります。

それ以外の文化はアメリカと似ています。

しかし、オーストラリアには、北半球とは違った文化がもうひとつあります。それは「ウィンタークリスマス」というイベント。

オーストラリアの人も、やはり雪がふる中でのホワイトクリスマスを味わいたいということで、8月の真冬に「ウィンタークリスマス」を楽しむのです。

街中に「ウィンタークリスマス」と垂れ幕がかかっている街もあり、ユキの中でのクリスマスへのあこがれを感じます。

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